秋田民俗芸能アーカイブス
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猿倉人形芝居(野中人形芝居)
(さるくらにんぎょうしばい(のなかにんぎょうしばい))

所 在 地
:
雄勝郡羽後町柏原
開催場所
:
羽後町民話伝承館
開 催 日
:
1月最終土曜日(定期公演)/8月17日
指   定
:
県指定無形民俗文化財
カテゴリー
:
人形劇・歌舞伎
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 旧鳥海町百宅に発生したという近代民衆人形劇で、一般に猿倉人形芝居と呼ばれてきた。百宅の池田与八(いけだよはち)は指人形を基礎にして面白い話の筋や劇を組み立てたもので、それに囃子をつけた人形劇に仕立て上げた。明治35年(1902年)頃から真坂藤吉(まさかとうきち)や丸田今朝造(まるたけさぞう)の弟子が新しい人形芝居を創造し、さらに三味線の名手でもあった勝若(かつわか)が興行的に発展させたことによって猿倉人形芝居を完成させたといわれている。明治43年(1910年)に勝若が巡業中に野中(羽後町)の鈴木ウン(すずきうん)と縁あって結ばれ、養子となった。その後、勝若は野中を拠点として、人形芝居を興行したために野中人形芝居と呼んできた。戦前は秋田県内は主として農閑期に村々を巡業したが、広く東北各地、関東方面まで興行の範囲を広げていった。戦中戦後は下火になった興行であるが、地元に土着した弟子たちは解散していった一座の復活なども果たし今日まで伝えている。
 野中人形芝居では人形制作、衣装、舞台背景(遠見)、脚本、演出、奏法、音曲(囃子)など全て自作によるもので、師弟の伝承によって受けつがれ、発展させて、創意豊かな人形劇としてきた。演目には三番叟・鑑鉄和尚の手踊り・鬼神のお松・岩見重太郎ひひ(大蛇)退治のほか、弥彦神社利生記・山中団十郎などもある。人形の操法は指人形挟み式、裾突っ込み式といわれ、一人で二体の人形を一度に操り、台詞も一人二役で声色を使い分けることが特徴である。また、鬼神のお松などで見られる、娘が鬼神へと顔色を変えていく七変化の操法は手妻式と呼ばれている早業でもある。

協力元:野中吉田人形芝居保存会

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